2008年05月16日

たたんで欲しい?それとも自分でたたみたい?

 夜、放り出していた洗濯物がたたんである。
正確に言うと大部分がたたんである。感謝である。 face02


アレ?どうしてたたんでないのがあるの?
それは私のものばかり・・・
何か悲しい気分になる。 face07


しばらくして連れ合いに聞いてみた。
「洗濯物たたんでくれてありがとう。わたしのもたたんでくれると嬉しいんだけどなあ!」


連れ合いいわく
「お母さんは自分の好きなようにたたみたいだろうと思ったので、勝手にたたまない方がいいかなと思って」


なるほど、私に気を遣ってくれたのか・・・なるほどね。
「そうか、気を遣ってくれてるんだね。ありがとう」



さりげなく聞いてみたことはとてもよかったと思った。そうしたことで、私の中の悲しい気分は飛んで行った。
「聞く」という行動が原因となって、「悲しい気分は飛んでいった」という結果になった。原因と結果の法則である。
最も聞き方にもよるかもしれない。

聞かなかった場合を考えてみよう。
「なぜ、わたしのはたたんでくれないの?と悲しくなる」という原因は、連れ合いのことを「冷たい人だと思う」結果をつくるかもしれない。他にもいろいろ考えられるだろうが、連れ合いの考えにはまず行きつかなかったと思う。

う~ん、こうやって、少しずつ、夫婦が誤解を積み重ねて行く結果が、性格の不一致による『離婚』になるのかなあ・・・


些細な日常生活のひとコマを原因と結果の法則に照らし合わせてみました。
私自身は相手の気持ちに寄り添えているのだろうか、相手の立場に立つということはなかなか難しいなあと思いました。 face01


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http://rapport.shiga-saku.net/t104785
この記事へのコメント
「誤解の積み重ね、、、」
今日の記事を読んで
日常のどんな場面にでも起こりうることだなぁと思いましたし

この誤解の積み重ねをしないことが
幸せな日々を過ごすことにつながるのだ
ということがわかりました。

難しいですが
難しいからこそ、人間関係がスムーズにいっている
と幸せを感じることができるのですね。


日常の些細なことであっても
大切だということを大変わかりやすく
書いてくださっていて参考になりました。

気付きをありがとうございます*^^*
Posted by *美~湖**美~湖* at 2008年05月16日 14:30
「人はそれぞれみな感じ方が違うんだ」と養老剛司さんが書いていました。
私は自分と同じように感じて欲しいと思ったりするのだけれど、違うのが当たり前で、たまに同じ感じ方をすることがあったら、奇跡なんでしょうね。
そういうときがあったら目いっぱい喜ぶことにしましょう。
Posted by sachiko at 2008年05月17日 03:05